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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)3142号 判決 1986年1月27日

控訴人

立川ハウス工業株式会社

右代表者代表取締役

栗原元

志村光正

被控訴人

西村章

有賀正行

右両名訴訟代理人弁護士

鹿島恒雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた(なお、被控訴人らは当審においてその請求を、金三〇五万円及びこれに対する昭和五八年九月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度に減縮した。)。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目表一〇、一一行目の「未払賃料合計金三一五万円」を「右未払賃料のうち昭和五二年六月から昭和五七年六月まで六一か月分の合計金三〇五万円」と改める。)。

(被控訴人らの主張)

一  仮に前記(原判決事実摘示)のとおりの債務承認弁済契約が本件和解に先立つて成立していなかつたとしても、控訴人の代理人永石一郎は昭和五七年七月二日被控訴人らの代理人鹿島恒雄から、供託中の昭和五二年四月ないし昭和五七年六月分の賃料を控訴人において取り戻したうえ送金して欲しい旨の申込みを受け、同月中にこれを承諾する旨を回答し、これによつて前記未払賃料債務を承認してこれを弁済する旨の契約が締結されたものである。

二  仮に本件和解成立後は永石において右契約を締結する権限を有しなかつたとしても、控訴人は、供託金を取り戻して被控訴人らに送金すべき旨を永石から指示されながら、直ちにこれを拒否するなどの処置をとらず放置していたものであるから、永石のなした右契約締結を追認したものというべきであり、したがつて、右契約は有効に成立している。

三  仮に以上の主張が認められないとしても、本件賃貸借契約は昭和五七年六月三〇日に合意解除されたものであるから、控訴人は被控訴人らに対し同日以前の本件土地使用に対する約定の賃料を支払うべきこと当然である。

(控訴人の主張)

一 被控訴人らの当審における主張一の事実は否認する。

二 同二の事実については、永石から控訴人に対し被控訴人ら主張のような指示があつたことは認めるが、これについては控訴人代表者志村において明確に拒否しており、被控訴人らが永石との間で締結したと主張する契約を追認したことなどない。

三 同三の主張については争う。それらの賃料債権は、本件和解条項第五項によつて放棄されたものであり、それ故控訴人は、本件和解成立前に供託していた昭和五二年六月から昭和五七年四月まで五九カ月分の賃料二九五万円も供託しておく必要がなくなつたと考え、本件和解成立後これを取り戻した。

理由

一控訴人と被控訴人らとの間において請求原因1記載の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が締結されたことは当事者間に争いがなく、右契約締結の頃被控訴人らから控訴人に対し本件土地が引き渡されたことは、控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二被控訴人らが控訴人に対し請求原因2記載の訴訟を提起したことは当事者間に争いがなく、それによれば、被控訴人らは右訴訟の訴状送達によつて本件賃貸借契約を解除する意思表示をしたというのであるが、<証拠>によれば、右訴訟につき昭和五七年六月三〇日の控訴審第一四回口頭弁論期日において原判決添付和解条項記載の内容の訴訟上の和解(本件和解)が成立したことが認められ、右和解条項の第一項によれば、本件賃貸借契約は本件和解成立の日に合意解除されたというのであるから、被控訴人らは本件和解の成立に当たり、前記解除の意思表示を撤回したものと認められる。

したがつて、本件賃貸借契約は本件和解成立の時まで存続し、その時までは一か月五万円の割合によつて賃料債権が発生したものといわなければならない。

なお被控訴人らは、永石一郎との間で本件和解成立の前後に債務承認及び弁済に関する契約を締結したとして種々主張するが、右契約の成立を認めるに足りる的確な証拠は存在しないのみならず、右契約は既存の賃料債務を承認してその弁済方法を定めたという趣旨のものであつて、その性質上独立して賃料債権発生の根拠となり得るものではないと解されるから、以下本訴請求を本件賃貸借契約自体に基づく賃料請求としてのみ検討する。

三本件和解成立前、控訴人において昭和五二年六月分から昭和五七年四月分までの賃料を供託していたこと、右供託金が本件和解成立後控訴人によつて全額取り戻されたことは、当事者間に争いがない。したがつて、現在では右供託による賃料債務消滅の効果は存在しない。

四控訴人は、抗弁として、本件和解条項の第五項に「原告らはその余の請求を放棄する。」とあることを根拠に、被控訴人らが本件和解成立時までに発生していた賃料債権をすべて放棄した旨主張する。

しかしながら、一般に訴訟上の和解における「原告はその余の請求を放棄する。」との条項の意味は、当該訴訟の訴訟物たる請求権のうち他の条項において触れられていないものは当該訴訟の原告においてこれを放棄するという趣旨に解すべきところ、<証拠>によれば、前記訴訟における被控訴人らの金員請求は、本件賃貸借契約の解除に基づく昭和五二年四月八日以降本件土地明渡しずみまでの賃料相当損害金であることが認められる(前記訴訟においては金額の一部につき予備的に賃料債権としての請求が併合されていることが認められるが、これについては後に触れる。)から、本件和解条項の第五項による放棄の効力は、金銭請求に関しては、特段の事情のない限り、昭和五二年四月八日から本件和解成立の日までの賃料相当損害金債権以外には及ばないと解される。

もつとも、本件和解においては賃貸借契約が和解成立時に改めて合意解除されているので、仮に賃料が供託されておらず単に賃料未払いのままで右のような和解が成立したのであれば、「その余の請求を放棄する」旨の条項の有する意味を、右時点まで賃貸借契約が継続したことを前提とすれば存在することになる賃料債権をも放棄した趣旨に解する余地がないではない。しかしながら、本件においては、前記のとおり昭和五二年六月分から昭和五七年四月分までの賃料が供託されていたのであるから、供託を有効とみる限り右賃料債権は和解成立の時点では既に消滅していたことになり、本件和解はそのことを前提としてなされたものとみられる(債務者に供託金の取戻し及びその取得を許す趣旨の和解とみるには、そのことが明示されていることを要すると解する。)から、前記和解条項第五項を、和解成立後に供託金を取り戻すことによつて再び存在することになる賃料債権をも放棄した趣旨に解する余地はない。ただ、当時まで供託されていなかつた昭和五七年五、六月分の賃料については供託ずみの分と多少趣きを異にするが、弁論の全趣旨によれば、本件和解はその当日までの賃料全額が供託ずみであることを前提としてなされたと認められ、実際にも右二か月分以外は供託がなされていたのであるから、右二か月分につき特にこれを放棄することが合意されたとみることもできない。

他に前記特段の事情を認めるに足りる資料はない。

なお、前記訴訟の訴訟物としては、予備的請求として昭和五二年四月八日から同年九月一二日までの賃料請求があり、形式的にみれば前記和解条項第五項によつて右賃料債権は放棄されたことになるが、供託を有効とする前提で和解が成立した以上、右和解条項を、その後の供託金取り戻しによつて再度存在することになる賃料債権を放棄する趣旨に解し得ないことについては先に述べたところであり、「その余の請求を放棄」した範囲と訴訟物たる請求権の範囲とが一致しないことにつき特段の事情がある場合に当たるというべきである。

したがつて、控訴人の前記放棄の抗弁は理由がない。

五そうすると、控訴人に対し本件賃貸借契約に基づく昭和五二年六月から昭和五七年六月まで一か月五万円宛、合計金三〇五万円の賃料及びこれに対する履行期の後である昭和五八年九月二九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人らの請求は理由があるからこれを認容すべきものである。

よつて、減縮後の請求につき右と結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官髙橋 正 裁判官清水信之)

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